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Lee-Byung-hun addicted

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第8話

『釜山で愛を抱きしめて』 第8話


2006/10/14/21:30
あと30分後
ここ海雲台 ウェスティン朝鮮ホテルで行われるフランス大使館の主催の「フレンチナイト」
その場で文化芸術勲章(シュバリエ勲章)が僕に授与されるそうだ。
正直何の功績があって授与されるのか。僕にはわからないがくれるというのでもらっておくことにした。後は僕ができることで僕なりに最善の努力をするだけだ。

揺とは会場で待ち合わせをしている。
『私のために時間を空けて』と言えといっておきながら
『明日の夜・・私のために時間・・空けてくれますか』
揺に途切れ途切れの声でそう言われたとき何故か僕はドキッとした。
彼女に仕事より自分を優先してくれなんて言われたことはおそらく今まで一度もなかったと思う。
僕が言い出したにしろ、彼女はどんな想いであの言葉を口にしたのだろう。
そして言えと言った僕が彼女に用意できたのはフランス大使館主催のパーティーで僕のフランス語の臨時通訳として同じ時間を過ごすという場所だけだった。
一緒の時間が少しでも過ごせるならばそれで充分・・・・なわけはなく。
彼女には通訳としてではなく僕の妻として傍に居て欲しいと思う気持ちで胸がいっぱいになる。
揺は通訳として僕の傍らに立っているだけで満足で幸せなんだろうか。
僕は自分の信念を貫いてきた。仕事でもプライベートでも譲れないところは譲らない。
そう決めてきた。
この一年。揺と結婚をしないということが自分の信念を曲げているような気がして仕方がなかった。
元はと言えばCAAの契約が発端だったが今はそれだけではない。
揺が結婚に同意しないのは他にも理由がある。
他の理由・・・そんなものはきっと過ぎてしまえば取るに足らないことに違いない。
ただ僕がいつのまにか現状を変えることが面倒になりずっと揺に甘えてきただけなんではないだろうか。いつもその結論に行き着く。
今日パーティーの席で彼女をフィアンセとして紹介したら・・・そうしよう。
揺のために僕が空けた時間・・・・その時間はそれにふさわしい使い方をするべきだ。
僕は鏡を見ながら心を決めた。


会場に着く。
入り口には黒地に菊の和柄がセンスよくあしらわれたドレスを着た揺が立っていた。
僕に気がつくとにっこりと笑ってそっと手をあげる。
決して目立ちすぎず清楚で上品な彼女は僕の眼を一瞬で釘付けにした。
そっと彼女に近寄り耳元でささやく。
「だめだよ」
「え?」
「だめ。綺麗過ぎて危なくて一人に出来ないじゃないか」
「また。冗談ばっかり。さあ、Monsieur.Lee お仕事ですよ。」
揺はそういって笑うと僕の実に有能な通訳として仕事を始めた。
パーティーは滞ることなく進み、勲章の授与式も無事に終わった。
僕が言い出すきっかけを見つけられないまま
会が閉会に近づいた頃、雑談の中フランス大使が冗談交じりに何かを言った。
訳すのをためらっているのが彼女の表情から読み取れる。
「何?」僕は彼女を促した。
「こんな美しい通訳のお嬢さんをどこから連れていらしたんですか。彼女と結婚されたら我がフランスとの縁もずっと深くなりそうですがそのようなお話はないのですか?あなたほどの魅力的な方がいつまでもお一人というのは・・もしや独身主義者ですか?」
揺は至って事務的な口調で職務を遂行した。
「よくおわかりになりましたね。僕はこの女性と近々結婚の予定です。決して独身主義者ではありませんよ。」
揺が隣で固まっているのがわかる。
「揺・・訳して」僕は優しく言った。
少し間を空けて揺はフランス語で何かしら言うとその後に「Excusez-moi」と言って微笑むとその場を離れた。
大使はゲラゲラと笑っている。
僕も仕方なく愛想笑いをしてその場を繕い不自然な振る舞いと思われないように気づかいながらその場を後にした。
こんなことならもっと真面目にフランス語の勉強をしておけばよかった。揺の姿を探しながら僕は学生時代の不真面目さを後悔していた。
揺のやつ一体何て訳したのだろう。結局探し回ったものの彼女は見つからずスタッフによってパーティーに連れ戻されたのは僕だけだった。
情けない気分の中で挨拶をしてまわる。大使には「ユーモアたっぷりのお嬢さんによろしく」と揺への伝言を頼まれた。
全く僕は何をしているんだろう。
パーティーが終わった後ホテル中を探し回ったが彼女は見つからなかった。もしやと思い会場に戻る。乱れた呼吸を整えながら会場が片付けられる様を僕は部屋の隅に立ち呆然と眺めていた。
勲章をもらったことなどもう記憶のかなたに遠のいていた。最愛の女性を傷つけてしまった。あんな中途半端な席しか用意しなかった上に僕は肝心のところをあろうことか彼女に選択を迫った。僕のフィアンセであるという事実を彼女の口を通して発表しろと強要したに等しい。・・・それが正しい行動だったとはとても思えない。
何故ここまで来て焦ったのか・・・あのドレス姿の彼女を独り占めにしたかったのか。自慢したかったのか。何もこんなことをしなくても彼女は僕だけのものでいてくれたのに。彼女の気持ちを確かめたかったのか・・いや。彼女の気持ちも痛いほどわかっていたはずなのに・・・。
胸が痛くて苦しくてたまらない・・・・
きっとアイツはもっと胸が痛くて苦しくてどこか寒いところできっとメソメソ泣いている。
見つけてギュっと抱きしめて暖めてやらないと。僕は揺を探しに夜風の冷たい街に飛び出した


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